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仏教の歴史

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仏教の開祖である“釈迦”は、国王の息子として現在のネパール南部のターライ盆地にあるカピラバスツー城で生まれました。そして何不自由なく育てられ、16歳で結婚してからはすぐに子供も授かりましたが、そのような幸せとは裏腹に彼の心の中では、人間の本源的な苦しみである“生老病死”からどうすれば救われるのだろうかという思いが日ごとに募る一方でした。

当時は悟りへの近道は苦行だと信じられていたことから、彼は29歳で出家して苦行の日々を送りましたが数年間にわたる苦行では何ひとつ得るものはなく、ただ体が衰弱していくばかりでした。ところがある日、その痛々しい姿を見かねた村の少女が、彼にミルク粥を差し出しました。

これは悟りへの大きな一歩となり、その美味しさがきっかけとなって釈迦は「琴の弦のように、緩すぎず張り過ぎず」というところに悟りの境地があるということに気付いて新たな修行を始め、6年後の35歳になったときに菩提樹の下で悟りを得ています。その後釈迦は、ガンジス河流域を中心に80歳で入滅するまで教えを説く旅を続けたのでした。

彼の教えの基本は“この世の事象にはすべての原因があり、偶然に起こることは何もない”というもので、より幸福になりたければ原因となる部分であるである私たちの“思い”を変えなければならないと教えています。つまり、苦悩から自由になるにはどのような考え方をしたらよいかという倫理面での修行がメインとなっていて、これらの教えには誰にでもわかるように比ゆやたとえ話が多く用いられ、苦行といった極端に身体を痛めつけるようなものは避けられているためにさまざまな階層の人々に受け入れられました。

釈迦は自らの教えを書物に著していませんが、その教説は多くの弟子たちによって仏教経典としてまとめあげられて後世にまで引き継がれてきました。日本では崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏とが激しく対立していましたが、このような権力争いの中で聖徳太子は摂政となり数々の仏教寺院を建立して仏教の導入と普及に尽力し、仏の教えによって律令国家の基礎を築き上げたのでした。

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